2002年8月5日 銀 林  浩

21世紀地球市民の数学

0.21世紀を誇るためには,その前提として20世紀をふり返っておかなければなる まい。ご承知のように,20世紀は第2次世界大戦をはさんで,あるいはもっと端的 にいえば,1945年の広島への原爆投下を境にして,2つに分けられる。  前半は2度の大戦があったとしても,まだ牧歌的な時代であったといえる。戦争 の兵器にしても銃や大砲が主体であって,何百機もの爆撃機による絨毯爆撃(1944 ハンブルクが最初)や,原子爆弾のようなジェノサイド(皆殺し)思想にもとずく ものではなかった。  これに対して,20世紀の後半は,科学が戦争や産業と直接結びつき,大量殺りゃ くの戦争,大量生産・大量消費・大量廃棄の生活様式を生み出し,地球規模の環境 破壊を招くにいたった時代である。 1.数学をめぐる状況もはぼこれに平行する。  世妃は,1900年8月8日パリでの第2回国際数学者会戦(ICM)におけるヒルベルト (1862〜1943)の招待講演で幕をあけた.若干38才のヒルベルトは,例の23個の未 解決問題をあげてその解決を世紀の課題とした.この中にはすぐに解けた問題もあ るが(例えばその年中にデーンによって解決された第3問題),数学者達の懸命の努 力にもかかわらず,百年をへても完全な解決にいたっていない問題がなお5個残っ ている。ちなみにそれら5個の未解決問題をかかげておこう:  No.1:実数論の公理系の無矛盾性  No. 8:リーマン予想  No.12:類体の構成(アーベル体の場合は高木貞治が1920年解決)  No.16:実代数曲線・曲面のトポロジー(3次元のボアンカレ予想を含む)  No.18:結晶群.敷き詰め,最密充填  かの有名なフエルマの最終定理は世紀中は解決不可能と思われていたが,1994年 ワイルズによって解決されてしまった。 2.しかしヒルベルトのあげた問題はほとんど純粋数学のものである。したがって どちらかというと、彼の個人的趣向を色濃く反映し.過去の数学の動向を未来に投 影したものになっている。  このように20世紀前半はまだ,数学の基礎をめぐる論争(例えばゲーデルの不完 全性定理)にしても,プールバキの「数学再構成運動」(『数学原論』計画)にし ても,もちろん他者からの影響は否定しえないとしても、主として数学の「中での」 ことであった.  これに対して20世紀後半は,数学の範囲が大きくひろがった時代であるといえる。 (1)コンピュータの誕生(1936チューリング・マシン,1946 ENIACフォン・ノイ    マン) (2)ゲームの理論(1943フォン・ノイマン) (3)フラクタルの提唱(1967マンデルプロ,海岸線の長さ,株価の変動 結晶の    成長) (4)カオス現象の発見(1963ローレンツ気象学,1976メイ個体群生態学) (5)結び目理論と超ひも理論(1982ドナルドソン4次元異種微分構造の発見)  ざっと数えあげただけでも,このように驚異的な発見がある。こうした発展の元 には,線形代数やトポロジーの標準化といった,世紀前半の基礎固めがあったおか げであることは忘れてはならないであろう。 3.一方数学教育の方はどうか?  日本軍国主義やナチスの敗退にともなった民主化の波にのって,第2次大戦後多く の国で前期中等教育が大衆化された。とくに日本ではその後100%に近い高校進学率, 40%をこえる大学在学率を「誇って」,文字通り「高度学校化社会」と化した。で はそれにふさわしい数学教育がつくられたか.あるいは少なくとも摸索されたか, というと、さにあらず,旧文部省の指導要領体制は改定のたぴに形式化を強め,現 実世界との接点を失って,今日ではまったく戦前の中等教育に逆戻りしてしまった。 AMIを除けば,肝心の高等教育の大衆化に対応する教授法の研究も満足にはおこなわ れなかったし(楽しい授業),数学で世界を「読み解く」試みもほとんど顧みられ なかった。  世界的に見ても.いわゆる「現代化」のはやった1時期を除けば,現代数学の最新 の知見を教育に取り入れようとする試みなどはとんど行われてこなかった。 4.21世紀はどんな時代か?  今世紀を見通すことはむずかしい。20世紀から学ぶのなら,温室効果ガス削減の ための京都議定書(1997)こそ,ある程度妥当な合意だと思うのだが,最大のCO  排出国のアメリカのプッシュ大統領はそれを拒否した。昨01年9月11日のいわゆる 「同時多発テロ」は,真相こそ明らかではないが,さらに最悪の「文明間衝突」の 走りを予告しているのかも知れない。  こうした時代に,地球市民に期待される能力とは何だろうか?  2つのことが指摘されよう。 (1)物事の本質を構造的に見抜く力  数学の1つの効用は,材料は何であれそこに通低する「構造」を見抜くところに ある。これはプールバキの構造主義にまつまでもなく明らかなことである。複雑性 をます21世紀において,このことはますます重要になる。 (2)現実の問題を解決できる数学力  入試問題ではなく,現実問題を解決するためにこそ数学が使われなくてはならな い。そのためには,自然や社会における量の認識が重要になるが,これもAMIを除 けば,問題意識は稀薄である。  われわれ20世紀を生きてきた者にとって,その光と影の両方を率直に次世代に 伝えることは,何にもまして重要な責任であろう。